▼コンペティション入選作品
▼ワークショップ作品


  『向ヶ丘千里はただ見つめていたのだった』 (植草 航)
一人の女の子が走り、飛ぶスピードと浮遊感。もう一人の女の子と互いの存在を認識し合うというストーリー  は、確かなアニメーション技術と音楽によって支えられる。

 (監督コメント)自分の感情をビジュアル化したらどうなるのだろう、と思い、コンプレックスの昇華、曲のワンフ   レーズを追っていくような「一瞬を追う」ということをテーマにして制作しました。





『blanc』
 (北川 仁)
毎日部屋に引きこもり漫画を描く男。窓の外には漫画に描いた登場人物とそっくりな女が現れる。現実と妄  想の世界が混ざり影響しあうなか、男は女に恋をしていく・・・。

 (監督コメント)出会いが運命的であるほど、互いに幻滅し合うのもきっと早くなるでしょうから、出会いは運命 的ではない方が、本当はいいのだと思います。しかし僕は、やはり憧れてしまいます。つらい結果が待ってい るとしても。つまり、運命的な出会いというものは、男のロマンというやつなのだと思います。





『東京』
 (鈴木 健)
東京在住で人生について悶々と悩む大学生。7歳の息子と親権を持つ元夫に再会をしに上京する女性。東  京を離れ、別居した家族と再会する中年男性。東京で過ごす他人の事情と、出会いと偶然を通して描かれる  家族の姿に迫る群像劇。

 (監督コメント)今振り返ると当時のキャスト・スタッフや御協力いただいた方々は全員例外なく愛と情熱をこの 作品に注いでいました。とにかく必死でした。それは人生の意味や夢を標榜にしながら必死に生きている自分 たちの姿にダブるものがあり、伝えたかったことなのかと感じております。





『Lizard Planet』
 (上甲 トモヨシ)
或る宇宙の話、そこはトカゲの姿をした星々が存在する。水を抱きしめる星ユニーは様々な星たちと出会う。  1枚1枚手描きで綴られたアニメーション。

 (監督コメント)地球は生きていて、宇宙という広い世界の中に存在するひとつの生命です。宇宙に暮らす”星 ”という生命の上に我々は成り立っているということをすこしでも感じていただけたら嬉しく思います。 





『未練坂のヤドカリ』 
(小林 総美)
女は主を失ったままの空き家を眺め、幸せな日々を回想する事が唯一の慰めである。掃除婦をする彼女は  そんな日常の中、とある廃墟の中に縛られた言葉の通じない瀕死の男と、さえない女子高生に出会うのだっ  た・・・・。

 (監督コメント)ヤドカリのように脆い腹の中にある人の思いが必要とする”時間”と”きっかけ”について考えま した。彷徨いの中にいる方、戻られた方、戻れない方、どなたかの回想の”きっかけ”になれたらうれしい限り です。





『うどん屋の娘』
 (中村 亨)
深い山間にある小さなうどん屋で働く女。輪郭が曖昧でぼんやりした一日。きっとこれまでの日々となんら変  わりなく、泡のように消えていくのでしょう。そこへ現れたツーリング中の若い男。永遠に限られた世界に開い  た一瞬の風穴。女は何を思うのだろう。

 (監督コメント)僕たちは自分に与えられた一日をそれを消費して死ぬまで繰り返す。そこに何の美化や道徳的 な意味合いを持たせず、たんたんと歩んでいく人が美しく思い、この映画を撮るにいたりました。





『脚の生えたおたまじゃくし』 
(前野 朋哉)
毎日、部屋から女の子をチェックしている中学生、とおると風間。ある日、おたまじゃくしをクラスで飼う事で、  入学当時から好きだった川島さんと仲良くなる・・・。どうしようもないバカな少年の初恋エレジー。

 (監督コメント)監督が主演もしているんですが、僕自身がどうしてもおどりたくなったので、この作品を撮りました。





『靄の中』
 (飯塚 諒)
深夜のアルバイト。男を連れ帰る母との暮らし。閉塞した情況の中、一人現実を受け入れ堅実な未来を切望  する少年。しかし母親によってその夢は奪われることに・・・。

 (監督コメント)少年犯罪世間で取りざたされた時、僕は少年でした。「ムシャクシャして殺した」同年代のこの 言葉に哀しさを感じつつも、同意する部分もありました。「自分がどういう状況に置かれたら殺人をしてしまうか 」人を殺める人の心、その機微に、可能な限り寄り添って映画を撮りました。

ここからは福井映画祭ワークショップで制作された作品です。(審査対象外)

福井映画祭ワークショップ作品

『ギター少女』 (有元 真一)

渚(中3・女子)は進路について考える時期に直面している。逃げるようにして行ったプールでギターを持った不思議な女の子と出会う。自分と向き合うことの苦しさの末に見つかる彼女なりの結末とは・・・。

(監督コメント)私たちが話す言葉は、本当に自分の言葉なのだろうか?どれくらいが本音で、どれくらいが借り物の言葉なのだろう?自分の気持ちに素直にとよく言うが、自分をわかることが一番厄介なのだと思う。

 

『SATOIMO』 (猪野 洋一)

言語障害を持つ母親と祖父との3人暮らしをしている高校生の優也は、女手一つで働く母をよそにグレてケンカに明け暮れる日々。ある時、母親と大喧嘩したのを機に祖父から出生の秘密を聞かされるが・・・。

(監督コメント)私達は決して一人で生きているのではなく、また近くにはたくさんの愛が溢れていると思います。このお話を通じて、今まで気付けなかった愛に気付き、生きていることに感謝する気持ちを忘れないでほしいと思います。

 

『アウトロ』 (高野 充晃)

少年期に祖父から「人が死ぬと魂の抜ける大きな音が出る。」と聞かされた青年。彼は「魂の抜ける音」を探し求め、テープレコーダーとマイクを構え、彷徨い歩く日々を送っている。ある日、瀕死の奇妙なホームレスの老人と出会い、千載一遇のチャンスを得るが・・・。

(監督コメント)存在しない”音”にとりつかれた青年を通じて、死生観や時代の閉塞感を描いたブラックユーモアあふれる作品です。

 

『ういのやま』 (酒井 潤)

甲子園でエースとして活躍した男と、そのマネージャーをしていた女の10年後の話。男は肩を壊し挫折したが夢をあきらめきれずにいる。女は整骨院を開業して自立している。すれ違いながらも関係を続ける二人にそれぞれの問題が直面して・・・。

(監督コメント)人生や人と人との関係性でぶつかる問題をどう乗り越えていくのか。それをもう一度見つめ直すためにこの作品に挑みました。観た方にもそれを感じて頂けたら嬉しいです。


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